冬の歌舞伎町で突然の大量出血。路上に倒れた私に向けられたのは、野次馬のスマホと救急隊のブルーシートだった。原因は、貧困により命を繋ぐ薬を変えたこと。制度と医療の狭間で起きた、実在の夜の記録。
冬の歌舞伎町。乾燥した冷たい風が吹いていた。
安宿のカプセルホテルへ戻る途中、私はただ鼻をかんだだけだった。
次の瞬間、白いダウンジャケットは鮮血で真っ赤に染まり、
足元には赤い水溜まりが広がっていく。
貧血で崩れ落ちる私の周囲に集まったのは、心配する声ではなく、
スマホのカメラを向ける人たちだった。
事件?
倒れてる。
自殺じゃない?
薄れていく意識の中で、言葉だけが断片的に耳へ届く。
新宿のゴールデンタイム。
血まみれでうずくまる私は、ただの見世物だった。
助けを呼ぶ声も出せず、
私はアスファルトの冷たさと、自分の血の生温かさだけを感じていた。
駆けつけた救急隊員は、手際よく私をストレッチャーに乗せ、横向きにした。
血液を喉に詰めないための、正しい処置だ。
その直後、視界が青一色に閉ざされた。
ブルーシート。
野次馬の視線から守るためだと分かっていても、
その感触は、死体を覆うそれと同じだった。
暗闇の中で、私は声にならない声で叫んでいた。
私は、まだ、生きているのに。
理由は、驚くほど単純だった。
お金がなかった。
私は希少な血液難病とホルモン疾患を抱えている。
出血をコントロールするには、高価な薬が必要だった。
仕事を失い、収入が途絶え、
地方から都内への通院を続ける中で、
新幹線代、ホテル代、検査費、夜間診療費、薬代が積み重なっていく。
分かっていた。
安い薬に変えれば、出血リスクが跳ね上がることを。
それでも、選ぶしかなかった。
命の値段を、払えなかった。
その結果が、この歌舞伎町の路上だった。
元気そうに見える。
それは、何より強固な仮面だった。
普通の薬が効かない人間だと知られたくなかった。
治療費が払えないと言えなかった。
内部疾患は、外から見えない。
だから、倒れるまで「大丈夫な人」でいられてしまう。
ブルーシートの下で、私は思っていた。
社会の隙間に落ちるとは、こういうことなのか、と。
あの夜の感触を、私は一生忘れないと思う。
これは病気のせいだけではない。
制度の狭間、医療アクセスの差、
フリーランスに保障のない社会、
そして、見た目と現実の乖離。
それらすべてが重なって起きた出来事だった。
闘病とは、病気と向き合うことだけではない。
生活と、制度と、感情と向き合いながら、
それでも生きていくことだ。
この記録が、
同じように見えない場所で踏みとどまっている誰かの、
孤独を少しだけ軽くできたなら。
私は、あの夜を言葉にした意味があったと、
そう思える気がしている。
「透明な履歴書」には、言葉にならない感情を託した「主題歌」があります。 限られた時間の中で録音された、祈りのような3つの旋律。 それぞれの物語の湿度に合わせて、静かに添えました。
川島琴里の声による朗読と、エピソードトーク。 現在、一つひとつの物語に音を灯す準備をしています。 完成したエピソードから、この場所で公開されていきます。
あなたの「影」の物語を、教えてください。 履歴書には書けなかった空白、誰にも言えなかった葛藤、そして再生の瞬間。
ハッシュタグ #あなたの透明な履歴書 (または #TransparentResume)をつけて、SNSで言葉にしてみてください。 投稿された物語の一部は、今後このサイトやPodcastにて、川島琴里の声で紹介させていただく場合があります。
「透明な履歴書」は、単なる個人の記録ではありません。 現代社会のシステムからこぼれ落ちてしまった「見えない時間」や「個人の尊厳」に光を当てる、アート・プロジェクトです。
本プロジェクトの趣旨に共感いただけるメディア様、研究者様、企業様からのお問い合わせを歓迎いたします。 (※本プロジェクトは、合同会社COTOLXの社会活動(CSR)の一環として運営されています)